2011年07月29日

ヒグラシ

  今日もビニールハウスのまわりの草刈りicon108




 草刈っていたら、草むらにヒグラシが落ちていましたicon53









暑さのためか? もう寿命が近いのか?

      弱っていますが、まだ生きていますicon12




手のひらに乗せたら、バタついて落ちたので、

  ちょっと 空へ放り投げてやったら 近くの木まで飛んでいきましたicon125




  そういえば昨年も、セミを拾いました
http://mugiwara.yoka-yoka.jp/e503949.html




    なんとなく過ごしても一生、 大きな声で懸命に鳴いても一生




  このセミは、この夏を鳴き尽くしたんでしょうか?




 なんか、人と似てますねicon114



  私は一生懸命鳴いたかな? まだまだ鳴き足らんような・・






むかし読んだ本の冒頭にのせてあった詩を思いだしました



  私の夢
  それは 私が受けたものを
  社会に返すこと
  社会のために何らかのことをすること

  私という人間が
  長い歴史の一瞬間
  生きた意味のあるように


      塩瀬信子 著  『生命ある日に』 より
 
 




タグ :ヒグラシ


この記事へのコメント
精一杯鳴いてるでしょうか…
どうでしょうか…。
歴史の中の、自分という
無名でなにもない
ただ一人の人間の生きた証。
一体なんでしょうね、
きっとみんなそれを考えて
生きてるんでしょう。
Posted by 桜子 sakurako at 2011年07月30日 10:45
   ☆ 桜子さん

むかし、基盤整備の記念の石碑に、関係者の名前が刻まれてないって騒動になったことがあります
私は未来に名前が残るのは嫌だなって思います
誰かわからんけど、そんな変わった人がいたんだ~って誰か気付いてくれたら嬉しいかも☆

・・・いまのところ、何もしてませんが (^^ゞ
Posted by ポテトポテト at 2011年07月30日 12:07
 
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